客観性とは何か?

独り言 2016/02/05 Fri
どうもowlです。

ちょっと前に日本の生産性がOECDの中であんまりいい順位じゃないという発表があって,

日本人は勤勉なのに残念だというコメントが出ていたりしましたね。

集計方法に関する部分でいろいろと議論はあるかと思いますが,

この議論にちょっと違和感を感じまして,

統計的には日本は生産性がない=勤勉ではない?ってなるし,

仮に勤勉であったとしてそれが生産性に結びついていないなら,

我々の目指している勤勉というものが検討違いな方向にあるのかどっちかじゃないかと。

ちなみに日本は長時間労働云々って言われてますが,

統計的には欧米のほうが働くてるみたいですよ。

そういえば日本の技術の海外流出って話もたまに聞きますが,

流出して困る技術があるなら優位性のある製品が出せるはずだし,

それによって経営難に陥ることもないだろうし。

技術開発に成功して経営に失敗しているケースかもしれませんが。

最近心の中はダークサイド。

では解散。
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形式的要件と実質的要件。

独り言 2015/07/09 Thu
どうもowlです。

法律用語に「形式的要件と実質的要件」ってのがあります。

形式的要件ってのは,例えば申込書を書くとかそういう手続き?的なこと,

実質的要件ってのは,例えばその申込書を書くのに適切な人間かってことかな?

部活で言えば,

形式的要件は「3年生だからレギュラーです」,実質的要件は「(学年関係なく)優秀な成績なのでレギュラーです」って感じです。

まあ,かなり雑にまとめましたが,

最近思うのは形式ばかり重視して,実質を無視してることが多いかなって。

○歳になったからもうやっていいよねとか,

○年目だからそろそろ昇進かなとか,

先輩だから○○だとか,,,

たしかに何かの基準で区切っちゃったほうが判断する側としては楽だよね。

でもそれに見合った能力はあるの?ってのが疑問。

法律的な考え方だと,形式的要件は修正(補正)ができるけど,実質的要件は修正(補正)できないってのが一般的。

実質的要件を満たしていない場合は☓と判断されるってことなんだけど,

社会はこうなってない気がする。

それが徐々に歪みを作っているんじゃないかな…。

40になったから管理職に昇格したけど,

本人は能力も責任感もない,

そしたらその課は大変なことになり。

ある大学が秋入学にしました,ってのは形式。

コレで海外から人を呼べるかな?

でも外から見て魅力的な研究がなければ人はこないよね,コレが実質。

返済日にお金を返してません,コレが実質。

でも格付け機関がNG判断してないからOKです,コレが形式。

世の中っておもしろね。

では本日はこのへんで,

解散。

世の中にはいろいろな人がいる。

独り言 2015/06/30 Tue
どうもowlです。

相変わらずの書く書く詐欺笑

最近仕事をしていてホントいろんな人がいるなーと思います。

書類の〆切が決まっているのその日までに出さないとか,

自分の仕事の責任の範囲なのにわからないというとか,

その実験は1回やってNGなのがわかっているのにまたやるとか。

みんな当たり前を前提にいろいろ進めているけど,

ホントに当たり前は当たり前なのかな。

部長だったら当たり前にやっているだろう,

課長だったら当たり前にやっているだろう,

ホントにそうか?

当たり前を当たり前にやるのが一番難しいし,

人だからうっかりってのもある。

だからこその確認機構だと思うんですけどね。

いや,ただの愚痴です。

本日はこのへんで,

解散。

ピリオド。

独り言 2015/06/07 Sun
どうもowlです。

はまぐりの話から約3ヶ月も放置してしまいましたね苦笑

ここのところ公私ともに多忙を極め,

書くネタは山のようにあるのですが,

なかなか筆がとれなかった次第であります。

“私”のほとんどはブルーグラス関係ですけどね笑

その中で大きなターニング・ポイントになった2つの出来事を自分へのメモとしてこれから記そうと思います。

では本日はこのへんで,

解散。

発明の完成とはどこか?

独り言 2015/02/06 Fri
どうもowlです。

我の職場は上場企業なんでね,

当然成果を求められてるわけです。

うちの部署ならいかにして新しい製品を出すか。

新しい製品を出すのであれば新しい技術とか発想とかが大切なわけで,

うちの上もそれを非常に大切にして,「着想した人に成果を与えなさい」と言っています。

じゃあ,着想した人ってなんなのよ?ってのが今日の話。

単純に捉えればそのアイディアを思いついた人ってことになりますよね。

ただアイディアっていろんな段階?があって,

コレやったらうまくいくと思うんだけど,その間の道にどんな障害があるかわからんよねーってときもある。

じゃあエライの「コレやったらうまくいく」って思いついた人なのか?

その間の道にある障害を1つ1つ潰していった人はただ乗り野郎なのか??

そうじゃないんだと思うんだよね。

最初の着想は0から1だから確かに大切だけど,

じゃあそれはホントに0から1なのか?ホントに問題はないのか??

そういうのを1つ1つ検証して,確証を得て,

ホントに1になったって証明した人も同じくらい評価を受けるべきなんだと思う。

この話,よく「コロンブスの卵」と例えられるけど,

卵は立てば終わりだが,実際の発明はそんな簡単じゃない。

彼の航海のように地道にゴールまで行く,それができて初めて成果なんじゃないかと思う。

って話です。

本日はこのへんで,

解散。

どうなるSTAP,最終回。

独り言 2014/12/26 Fri
どうもowlです。

STAP細胞に関する理研の最終発表がありましたね。

もっとも残念な結果「STAP細胞は存在せず+追加の論文不正」っていうね。

記者会見?で「なんで1年も検証にかかったのか?」という質問もあがっていたが,

理事が回答していたとおりで,実験ってそんなすぐ終わるもんじゃないし,

特に生物化学的なものって待ち時間だけでけっこうあるイメージだから,

そんなもんなんじゃないかって思う。

あと,たぶん理研の人は最後の最後までその存在を信じてトライしてたんじゃないかなって思う。

さて,

約1年前にSTAP発見の発表があって,

そのときに我はこんなことを書いていたわけだが,

“我が思うにポイントは1つに集約される。

常識とか若いとか女の子とか関係なく,まずはしっかり見る,聞く。

そして結果のみを客観的に判断する。

小保方さんがSTAP細胞を発見したときの話,

目の前で起こってる現象を素直に捉えたことで見つけられた。

採用した理研は,常識的に反していても,客観的に可能性があると思ったから採用した。

んで,予算も人も付けてくれた。

だからこそ今回の発見があったんじゃないかな。

そこには若いからとか女性だからとかそんなのは関係なかったと思う。

努力して,成果を出してることを客観的に評価して,

それを応援しただけ。

年功序列とか肩書きとか,まずそこを見てから話を聞くかどうか決めてるようじゃダメだよね。

それじゃ結局今までと変わらないよ。

イノベーションは起こらないよ。

まっ,日本だけとは言わないけどね。

天下のNatureさんも何回もリジェクトしたらしいね。”


今思うと天下のNatureさんがやっぱり正しかったのかと。

小保方さんは結果を上司に見せて,

上司はそれを成果と判断して,採用したわけだが,

上司はそれの再現性とかそれこそ捏造性とか,看過できず信じちゃったわけで。

なんでそんなことになったんだろうねってマジ不思議です。

しかも何人もいたのに。

それだけ巧妙に隠されていたことなのか。

いや,ネットですぐに他の人がわかったくらいだからたぶんそんなことはないんだろうけど。

単純に上司の能力が足りていなかったのか…。

難しいですね。

最近コレに関して思うことがあるので,それはまた今度書きます。

しっかし,不正してたことが心にあったならなんで発表なんかしたんでしょうね,

しかも世界中に。

再現しないのわかってんならやめておけばいいのに。

やっぱりあったのか??

等々,いろんな方も書かれているとおりちょっとモヤモヤが多すぎる幕引きなのかな。

では本日はこのへんで,

解散。

プロの仕事をしよう。

独り言 2014/11/25 Tue
どうもowlです。

私,サラリーマンですが,

お金をもらっている以上は1人のプロとして頑張ろうと思っているわけであります。

さてさて,

学生=アマチュアと社会人=サラリーマンとの違いって何かっていうのを最近すごく考え,感じておりまして,

一番の違いは時間の違いなんですよね。

学生って4年ないし6年しかないわけで,

1年1年がイベント満載で違った1年なわけです。

一方,

社会人になると,正直毎年毎年やることが一緒,

大人になるとよく時間のすぎるのが早いって言いますが,

そりゃ毎日同じことが続いているんだから早く感じるよってね。

それは何十年と繰り返すわけで。

それって実は恐い世界で,

例えば1日あたり1成長する人,

1日あたり3成長する人,

成長しない人,

それが10年,20年続いたらどれだけの差になるのか…。

社会人になると小さな違いが大きな違いになるんだと,

あるところでは勇気づけられ,あるところでは背筋が寒い覚えがしてます。

学生時代のように,イベント乗り越えるために一夜漬け,

それもいいかもしれませんが,

それよりも毎日毎日の小さな積み重ねが,

ある日取り返しのつかない大きな差になっている,そんなことが十二分に起こりえる,

それがサラリーマン,プロの世界だと思うんです。

長いサラリーマン生活,

だからこそ1日1日を大切にしようと思いました。

では本日はこのへんで,

解散。

原爆の日に思う。

独り言 2014/08/06 Wed
どうもowlです。

今日は原爆の日ということで,

この日になると思い出すのが広島平和記念資料館に行ったときのこと。

小さいころ家族旅行で連れて行かれたんだけど,

パンフレットを見ただけで「恐い,行きたくない」って感じたのを覚えています。

実際に展示を見たときの気持ちは言わずもがな。

でも,目をそむけるどころか釘付けになってしまった。

あの場所にはそれくらい鬼気迫るものがあったと思います。

大人になると大きな数字を見て,

あー大変だなーとか漠然に考えるようになってしまう。

どこかの紛争で何万人死亡したとかね。

でも,その何万人一人一人に家族がいて恋人がいて友達がいて,

もしかしたらその何万人のうちの一人が自分かもしれなくて,

もしかしたらその何万人のうちの一人が自分の大切な人かもしれなくて,

そう思うと戦争という名の不自然な死は許しがたくて,

絶対にやってはいけないと,自然に思うと思います。

その何万人のうちの一人の気持ちに限りなく近くに立って感じられる場所,

それが広島平和記念資料館だと思ってます。

戦争推進とまでも行かないものの,軍事いいんじゃね?って人はもとより,

義務感や数字を見ただけで,戦争反対!と叫んでいる人も,

一度1人の人間として,戦争の被害にあった1人の人間に向き合ってほしいと思う次第であります。

百のキレイ事より一の行動,

百聞は一見にしかずであります。

もう何十年も行っていませんが,機会があれば,大人になった今もう一度行ってみたいかなと。

では本日はこのへんで,

解散。

先生のパラドックス。

独り言 2014/04/15 Tue
どうもowlです。

先週?くらいかな,

高校の先生が自分の子供の入学式に出るんで,自分の職場の入学式をお休みしたってので,

教育長やらなんやらから苦言を呈されたってニュースがありましたよね。

ネットの反響をざっとさらっている感じだと,やっぱり先生擁護派が多いよね。

そりゃ先生である前に1人の子の親であるもんね。

てか,有給って権利だからそれを行使して何が悪いってね。

我が子の入学式に出るななんて,学校はなんてブラック何だ…ってね。

さて,

個人的には,炎上覚悟でいうなら,教育長支持派です。

そりゃ先生である前に1人の子の親だし,

有給って権利だからそれを行使して悪いとも思わんし,

我が子の入学式に出るななんて言えないけど,

ただね,

例えばどんなにホワイトな会社だとしても,

取引先との重要な会議の日とか,会社の業績を左右する重要な商談の日とかと子供の入学式がかぶったとしても,

いくらなんでも有給は許してくれないんじゃないかな?

確かに有給は権利ではあるけども,

その半面,払っている給料に対してしっかりリターンを返すのはプロとしての義務。

民間ならそれは売上であり利益であり,

それに直結するような重要な日には,さすがにお休みはとらせてもらえないんじゃないかな?

極端な話をするなら,

日本シリーズなのにまーくんが「シーズン中一生懸命頑張ったんで休みまーす!」っていなかったらさすがに許されないでしょう?

まっ,ちょっと極端でしたかな?

さて,話を戻しますが,

では先生にとって,権利よりも義務が優先される大切な日とはいつか,

それは学校行事の日であって,

その1つは入学式だと思うし,

ましてや入学生の担任となれば,

会社の業績を左右するプレゼンをする人クラスに重要な人になるんじゃないかな?

そんな人がプレゼンの場,すなわち入学式にいないというのはいささか問題ではないかと,我は思います。

確かに我が子の晴れの姿は大切だし,一生の思い出だとは思いますが,

逆に担任となる生徒40人にとってもその日は一生の思い出の日,

ましてや親御さんたちもどんな先生なのか不安で不安で…という日,

40人の他人よりも1人の我が子ってのもあるかもしれないけど,

それでもその日はプロとしての仕事を果たすべきではないのかなと思った次第です。

でもでもでも,

最初に戻って,

そりゃ先生である前に1人の子の親であるし,

てか,有給って権利だからそれを行使して何が悪いってんだって話だし,

我が子の入学式に出るななんて,学校はなんてブラック何だ…ってね。

もし我がその先生の立場だったら,やっぱりお休みのお願い出してるかもしれない。

だってやっぱり我が子がかわいいもの!子供いないけど!

というか,自分の親が共働きだったから,親のいない学校行事って度々あって,

ちょっとさびしい思いもしたことあるから,

自分の子供にはそういう思い出作らせたくないなと思って。

でも,そこで仕事を優先したうちの親のことも恨んでるわけではなくて,

プロとして本当に尊敬できる人たちだから,

その辺りが実にパラドックス。

パラドックスの使い方間違っているかな?

難しい問題ですな…。

では本日はこのへんで,

あとやっぱり気になるのは,

一教諭の問題にされてますが,

お休みの許可を出したのはその上の管理職の判断だと思います。

なので最終責任は管理職にあると思う訳で,

それを一教諭ばかり責めるのは正直許しがたい。

ココが変だよ,ホント日本人。

管理職は高い給料と多くの権限を持っているんだから,

責任果たしてほしいものです。

では本日はこのへんで,

解散。

頑張っているうちはアマチュアです。

独り言 2014/04/08 Tue
どうもowlです。

人海戦術で終わらないものは,

やり方が非効率か,そもそも仕組みがよくないかを疑って,

抜本的な解決方法を練り直すのが生産改革の基本です。

いかに楽して最大限の成果をあげるか。

なんか楽しちゃ悪いみたいな風潮あるけど,

頑張るってことは,時間と体力を使うことであって,

それすなわちコスト。

楽をして成果が出るならそれはコスト削減につながるわけであります。

往々にして頑張ることを評価されるし,

頑張っていることがえらいみたいな感じがあって,

たいして成果が出ないけど,時間と体力だけ使っているのがいいことみたいになるわけで。

それは明らかに利益率を落とす行為であり,企業なら真っ先に改善すべき点だよね。

成果主義って嫌われる傾向にあるけど,

頑張っただけを評価するよりは全然公平だし,結果的に幸せにつながる気がするんだけどな−。

投資に対して,最大のリターンを返すのがプロの仕事であって,

頑張ったかどうかは関係ないと思うす。

どんだけ頑張っても成果がでなければ,お客さんに怒られます。

頑張ったことを大切にしているうちは学生でまだまだアマチュアす。

自戒をこめてここに記す。

解散。